最初は、違和感だった。
VTuberを見ているはずなのに、
どこか「VTuberじゃない」気がする。
絵師が配信している。
ネットの住人がそのまま喋っている。
ただの配信者のようにゲームをしている。
それでも、確かにVTuberだ。
いつの間にか、
“どこからがVTuberなのか”がわからなくなっていた。
境界が消えたキャラクターたち
しぐれうい
もともとはイラストレーター。
キャラクターを“作る側”の人だった。
けれど配信が始まると、
その本人がキャラクターとして成立してしまう。
描く人であり、描かれる存在でもある。
その境界は、気づけば曖昧になっていた。
名取さな
キャラクター設定はある。
けれど、それ以上に強いのは“空気”だ。
ネットの文脈、言葉の選び方、距離感。
それらがそのまま人格になっている。
キャラを演じているというより、
インターネットそのものが喋っているようだった。
小森めと
気づけば、ただゲームがうまい配信者がいる。
リアクションがあって、雑談があって、
長時間配信が続いていく。
そこにあるのは“VTuberらしさ”ではなく、
純粋な配信の面白さだった。
それでも、確かにVTuberだ。
VTuberらしくないことが、魅力になる
この3人に共通しているのは、
「VTuberらしさ」を武器にしていないことだ。
しぐれういは、職業の境界を越えた。
名取さなは、キャラクターの境界を越えた。
小森めとは、形式の境界を越えた。
それでも成立する。
むしろ、その曖昧さこそが魅力になっている。
VTuberは“現象”になった
かつてVTuberは、
“キャラクターを演じる存在”だった。
設定があり、役割があり、
その中で動くことが前提だった。
けれど今は違う。
職業も、キャラも、形式も、
どこまでも自由に越えていく。
そして、それでも成立する。
VTuberは「枠」ではなく、
現象そのものになった。
どこまでがVTuberなのか
その答えは、もう決まっていない。
だからこそ、面白い。
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